すでに到来している超高齢社会において深刻なリスクになっているのがアルツハイマー病をはじめとする認知機能障害だ。“人生100年時代”に待ち受けるこのリスクをいかにして回避できるのか。その鍵を握るのが歯磨き習慣であるという。
■歯周病がアルツハイマー病の原因だった!?
主に高齢期以降に発症するアルツハイマー病の発生原因は長らく謎であったが、2019年1月に発表された研究は医学界のみならず社会に大きな反響を呼ぶものになった。アルツハイマー病の原因はなんと歯周病にあるというのだ。
歯肉炎で増える口腔細菌であるポルフィロモナス属ジンジパリス(Porphyromonas gingivalis)がそのまま脳に侵入して神経細胞に悪影響を及ぼし、アルツハイマー病を発症させているというのである。アルツハイマー病の患者53人を調べたところ、96%のケースで脳にポルフィロモナス属ジンジパリスの影響が及んでいることが分かったのだ。
研究チームの一員であるノルウェー・ベルゲン大学のピオトル・マイデル氏によれば、幸いなことにこの研究はアルツハイマー病の予防策を明確にしたという。それは歯磨きだ。
「歯を磨き、歯間ブラシ(フロス)を使ってください。歯肉炎を発症したり、家族の中にアルツハイマー病患者がいる場合は、定期的に歯医者に行き、歯を適切に清掃してください」(ピオトル・マイデル氏)
マイデル氏によればこの知識は研究者にアルツハイマー病に対処するための新たなアプローチをもたらすものであるという。効果的な新薬開発の可能性を広げるのだ。
「私たちはアルツハイマー病の発症を遅らせ、バクテリアから有害な酵素をブロックする薬を開発することに成功しました。今年中にはこの新薬をテストする予定です」(ピオトル・マイデル氏)
どうやらアルツハイマー病の予防に効果的な新薬が登場するのはそう遠い先のことではないようだ。そしてそもそもそうした薬を必要としないよう、適切な歯磨きを励行したいものである。
■歯磨きペーストの使い過ぎで逆に虫歯のリスク
歯の健康ばかりでなく、中高年以降は認知機能の維持のためにも適切な歯磨きを励行したいものだが、子どもの歯磨きには思わぬリスクが潜んでいることが最近の調査で指摘されている。子どもは歯磨きペーストを使い過ぎているというのだ。子どもの頃にフッ素入りの歯磨きペーストを多用すると歯に悪影響を与えるリスクが増してくるのである。
アメリカ疾病管理予防センター(CDC)が2019年に発表した調査報告では、3歳から15歳の児童5000人を調査したところ、3歳から6歳の児童の40%が歯磨きペーストを使い過ぎていることが突き止められた。当局は1回の歯磨きに用いる歯磨きペーストの量を豆粒大以下にすることを推奨している。
子ども向けの歯磨きペーストは子どもに好まれる味が施されている製品が多く、子どもの自由裁量に任せていると多量に用いる傾向があるという。親は適切な歯磨きペーストの量を子どもたちにしっかり示さなければならない。あるいは早いうちから一般の歯磨きペーストを使わせることも検討すべきであるということだ。
今日の歯磨きペーストの多くに含まれているフッ素は確かに虫歯の予防に効果的ではあるのだが、フッ素を1日に何度も多量に使うことで歯にダメージを与えるリスクがあるというから注意が必要だ。最悪の場合、歯のエナメル質からミネラル成分が失われてしまい、歯に小さな穴が開いたり、筋が刻まれたりする症状の歯のフッ素症(dental fluorosis)を発症してしまうのである。
これまでの研究によれば、この30年で児童の歯のフッ素症は増加しており、今では児童の5人に2人が程度の差こそあれ歯のフッ素症を発症しているという。
調査によれば6歳以上の児童の60%に1日2回の歯磨きが習慣づいているということで、この数字自体は望ましいことではあるが、歯磨きペーストの使い過ぎという思わぬ“落し穴”のリスクは広く共有されなければならないのだろう。
■頻繁なマウスウォッシュで糖尿病リスクが高まる
歯磨きペーストの分量には注意を払いたいものだが、どうやらマウスウォッシュ(デンタルリンス)についてもその頻繁な使用には一考を要するようだ。マウスウォッシュの習慣で口の中の善良な口内菌も殺菌していまい、肥満と糖尿病のリスクを高めるというのである。
英・ハーバード大学をはじめする合同研究チームが2017年9月に「Nitric Oxide」で発表した研究では、マウスウォッシュに用いる洗口剤が、皮肉なことに健康に有益な口内菌を殺菌してしまい肥満と糖尿病のリスクを高めることを報告している。
マウスウォッシュはもちろん虫歯の予防と歯垢の蓄積を抑えるために使われるのだが、研究によれば1日2回、洗口剤を口に含んでマウスウォッシュをしている者は、3年以内の糖尿病(2型糖尿病)リスクが55%にも上昇するとの研究結果を示している。
研究を主導したカウムディ・ジョシプラ教授によれば、口内には一酸化窒素(nitric oxide)を生成して血糖値と新陳代謝を制御する口内菌があるのだが、洗口剤は虫歯の原因となる菌と共にこれらの有益な口内常在菌も殺菌してしまい、結果的には肥満と糖尿病のリスクを高めてしまっているということだ。
虫歯予防のためには有効なマウスウォッシュだが、健康への影響を考えれば1日1回に留めておくことが賢明であるかもしれないと研究チームは進言している。歯磨きをする時間がとれない外出先などでは携行タイプのマウスウォッシュは便利だが、使い過ぎることのないようにしたいものだ。
参考:「University of Bergen」、「CDC」、「ScienceDirect」ほか
文=仲田しんじ
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