国際情勢をはじめビジネスにおいても先の見通しが立ちにくい混迷の時代を迎えている。今までの常識が揺るがされている状況の中にあっても、日々の決断が減るわけではない。より良い意思決定を行なうためにはどうしたらよいのだろうか。
■より良い意思決定を行なうための4つのステップ
何らかの問題に直面した際に、ありがちな決断を行なうことに何となく違和感が生じる場合がある。このような場合はやはりいったん決断を保留して、その違和感がどこからくるものなのか、心の内なる声に耳を傾けるべきだと唱えているのが米・ニューヨークのセラピスト、マリア・バラッタ氏だ。そしてより良い意思決定を行なうための4つのステップを解説している。
1.静かな場所で考えられる時間を確保する
何はともあれ、独りになって冷静になれる場所でよく考えを巡らすことができる時間を捻出する必要がある。場所についてはもちろん物理的に静かな所でも良いのだが、散歩をしたりジムで運動をしたり、公園のベンチに腰かけたり、意図的にバスや電車に長く乗ってみたりすることでもよい。つまりいったんタスクフリーの状態になって脳を自由に働かせられる時間を確保することが、今日ますます求められているのだ。
2.時間的な優先順位を明らかにする
複数の問題が時を同じくして訪れた場合はさらに気分を取り乱しやすくなるので注意が必要だ。このような場合、意思決定をする前にそれらの問題が今すぐ決断しなければならないものかどうかをまず先に検討してみる。先送りできる意思決定をいったん除外することで、最優先の案件に集中することができる。
3.実利を得るための最適解を考えてみる
意思決定には当人の価値観や理想、人生観を含むさまざまな要素が影響を及ぼしているが、迷うようであればいったん自分のキャラクターを離れて経済的合理性の面から問題を考えてみることで、自分のような人間はしかるべき選択をするという“思い込み”から自由になることができる。例えば買い物ではブランドで選ぶのではなく、機能とコストパフォーマンスから選んみるということなどだ。
4.結果をイメージすることによって自分の“心の内なる声”を聞く
ある問題に対する意思決定にいくつかの選択肢がある場合、それぞれの予想できる結果を実感を供わせてイメージしてみる。よかれと思う選択なのに、その結果生じるであろう感情が落ち着きのないものであった場合は“心の内なる声”に逆らっている可能性が高く、おそらくハッピーにはなれない意思決定を暗示している。
もちろん人間はミスを冒す存在であり、常に最善の意思決定ができるわけでもないだろう。しかしいずれにしても自分の内面の声を良く聞き、“気持ちに嘘をつかない”ことで後の後悔はずいぶん少なくなるのではないだろうか。
■ビジネスリーダーとしての意思決定の3つのポイント
自分自身に関する意思決定は最終的には自己責任ということになるのだが、ビジネスリーダーは組織の命運を左右する決断を行なう立場にある。どうしたって慎重にならざるを得ないところだが、生き馬の目を抜くビジネスの現場では先手を取った素早い判断が成功のカギを握るのも一面の真実だ。そこで組織を束ねるビジネスリーダーとしてのより良い決断のための3つのステップを、米テキサス州オースティンのIT企業「Khorus」のCEO、ジョエル・トランメル氏が解説している。
1.案件を3段階の優先順位に分類
まずは現在求められている意思決定事項を3つに素早く分類する。
●重要ではない意思決定
ビジネス全体に影響を及ぼさない意思決定であり、部下から意見を聞く機会に活用できる。時間が許す限り、何度か特定の部下に意思決定をさせ“試験”をしてみることで、将来的にこのレベルの意思決定をその部下に任せることができる。
●判断は容易だが重要な意思決定
判断材料が明確になっていて決断は易しいものの、その決定がビジネス全体に影響を及ぼす案件では、エグゼクティブクラスを参加させて意見を求めてみる。組織内の合意形成に役立ち、場合によっては新たな情報ももたらされる。
●判断が難しく重大な意思決定
同じくエグゼクティブクラスに意見を求めるが、あくまでも最終判断は自分(リーダー)が下す。
2.意思決定の透明化
特に「判断が難しく重大な意思決定」をリーダーが行なった場合はすぐに公表する。この決断による予想される状況の変化についてもあらかじめ伝えておく。また決断に到ったプロセスも説明し、その意思決定にどのような経営理念が反映されているかを解説する。これを常に行なうことで、リーダーの経営判断と経営戦略の理解が組織内で広まる。
3.検討会を行なって結果を分析する
重要な意思決定については、その結果にかかわらずに事後に検討会を行なって問題点を洗い出し、悪い結果を招いている場合にはリカバリーの方策を検討する。
こうした検討会によってその後の意思決定の手順を向上させ、将来の意思決定において組織内の支持を得ることにも繋がる。意思決定の手続きを共有することで組織内の信頼を獲得することは、偉大なリーダーたらしめる試金石ともなる。
意思決定はリーダーの考えを組織内に周知させる機会にもなるということだろう。経営理念をスピーチするよりも、実地で示すことのほうが何倍も説得力を持つことは確かだ。
■いったん問題から離れても脳は考え続けている!?
腹積もりを決めるまでに数日の猶予はあるものの、きわめて判断が難しい問題に直面したときにどのような行動をとるだろうか。デスクをいったん離れてカフェなどに行き環境を変えて考えてみたり、あるいは寝室まで問題を持ち帰ってひと晩寝て考えたりと、判断材料を明確にするために継続的に考え続ける人も少なくないだろう。
そうした思考でひとつひとつの判断材料が明瞭になってくるのなら考える意義はあると言えるが、どう考えてみても決断の選択を迷う複雑な問題もあるだろう。最近の研究では、そんな事態に直面したときには、いったん問題のことは忘れてゴルフやテニスをしたり、映画や芝居を見たり人と会って仕事に関係ない話をしたりと、あえて気分を紛らわせてみることが効果的であると指摘している。場合によっては組織の命運を左右しかねない重要な判断を前に、問題から離れるのは現実逃避や職務怠慢ではないかという批判を招きそうだがご安心あれ、他のことに没頭している最中にも脳は“頭の片隅で”その問題を考え続けているのである。
米ペンシルベニア州のカーネギーメロン大学の研究チームが2013年に発表した研究によれば、実験によってある判断する前にまったく関係のないことを2分間行なってからのほうが、正しい判断をする確率が高くなったというから驚きだ。しかも、そのまったく関係のないことをしている最中にも、本人は意識せずとも脳の意思決定に関わる部位が活動を続けて問題を考え続けているというのである。
実験では、27人の健康な実験参加者に、車や不動産などのアイテムを詳細を確認してもらった。例えば車であるならば1台の車体にはエンジンやシートなどのパーツが組み合わさって構成されている。パーツは計48種類あり、高級レザーシートなど車の価値を高めるポジティブなパーツもあれば、燃費の悪いエンジンなどネガティブなパーツもある。この48種類のパーツの特性を頭に入れるための時間は84秒が与えられた。
その後参加者はこうしたパーツをランダムに組み合わせて構成された車体を4台提示され、その評価を21段階の尺度で評価するという課題に挑戦してもらった。当然、ポジティブなパーツが多い車体は高い評価になり、逆にネガティブなパーツが多い車体は低い評価になるが、評価を判断するのに費やすことのできる時間は36秒であり、パーツの特性をひとつひとつ吟味して計算していたのでは間にあわないため、ある程度おおざっぱな印象的な判断になる。
この課題を、参加者は3種類の手順で行なった。
A. アイテム特性を認識する84秒の後、こんどは別のジャンル(例えばボート)についてのアイテムを120秒見せられてから、車に関する課題が出題された。
B. アイテム特性を認識する84秒の後、120秒間頭の中で復習する時間が与えられて、その後車に関する課題が出題された。
C. アイテム特性を認識する84秒の後、120秒間の間、数列を覚えるなどのまったく関係のない課題に挑んでから後、車に関する課題が出題された。
実験の結果、なんと2分間まったく関係のない課題に挑んだCグループが最も正確に車の価値を評価したという。そしてMRIで脳活動をチェックしたところ、まったく関係のない課題に挑んでいる間も、意思決定に関係しているといわれる視覚野と前頭前皮質にある2つの部位の活動は続いていることもわかったのだ。これはつまり、判断を脳に任せるためにはしばらくの間、まったく関係ないことに没頭してみてもよいということにもなる。もちろん、理詰めで考えて正解に辿り着ける問題であればこの限りではないが、考えるほどに迷う種類の問題などについては、行き詰まりを打開するためにも考慮に値する脳のメカニズムということになるかもしれない。まさに“頭の片隅”に入れておいてもよい話題だろう。
参考:「Psychology Today」、「Entrepreneur」、「Science Daily」ほか
文=仲田しんじ
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