なぜ自分の足音は聞こえないのか?

サイエンス

 静かな場所ではコツコツと響く足音が気になるが、その一方で自分の足音は気にもかけないだろう。自分の足音は人の足音よりも近くで聞いているのだからそれなりに耳障りなはずだが、気にならないのはどういうわけなのか。

■自分が発する音は“ノイズキャンセル”される

 人間とはそもそもが身勝手にできているのか、人が発する音には敏感に反応するものの、自分が発している音には無頓着なものだ。最近の研究では、自分が発する音が“ノイズキャンセル”されるメカニズムが解き明かされている。そしてこの能力は我々が言葉を話したり楽器の演奏を習得するために活かされているということだ。

 米・デューク大学医科大学院の研究チームが2018年9月に「Nature」で発表した研究では、マウスを使った実験で我々の脳がいかに周囲の音を選り好みして聞いているのかを示すものになっている。

 野生のネズミはネコや鳥などにいつ襲われるかわからない環境の中でビクビクしながら暮らしている。こうした天敵から身を守るには、その存在にいち早く気づける聴力が必要だ。そしてこの場合、自分が発している音が“ノイズキャンセル”されていたほうが有利である。

 研究チームはマウスを“VR(仮想現実)システム”に没入させた状態でその脳活動をモニターした。VRシステムではマウスが手足を動かすと足音のような音が発するようにプログラムされているのだが、VR環境に慣れてきたマウスの脳をモニターすると、マウスは自分が(事実上)発している音を“聞いていない”ことが判明したのだ。

 脳は自分が発するノイズよりも、他者が発する音により敏感であると研究チームは説明する。より正確には我々の脳は自分の身体の動きから予測できる音を予め“キャンセル”できる能力を備えているのである。したがってもし自分の足音が“意外な音”であった場合は耳に入る。

 そして研究チームによれば、この“ノイズキャンセル”の能力は我々の発話と楽器演奏の習得について大きなアドバンテージになっているという。咳払いや鼻をすすったり歯ぎしりしたりと、自分では気づかず知らず知らずに発している音がないかどうか、この機会に確認してみてもいいのかもしれない。

■“早歩き”は循環器系疾患リスクが低い

 足音の問題はいったん保留にして、健康のためになるべく歩きたいものだが、最近の研究では健康寿命を延ばしたければ速く歩いてみることを推奨している。歩くスピードと循環器系疾患リスクに有意な関係があるというのだ。

 豪・シドニー大学をはじめとする国際的な合同研究チームが「British Journal of Sports Medicine」で発表した研究では、歩くスピードがさまざま疾患リスクと寿命を占うものになることを報告している。

 研究チームはイギリスとスコットランド在住の5万人以上を対象に1994年から2008年の間で11回にわたって調査された健康問診データを分析した。そして歩く速度と全体的な死亡率、がんによる死亡率、そして循環器系疾患による死亡率との関係を探った。

 データを分析したところ、歩行速度が平均的な者は平均以下の者よりも早期死亡リスクが20%低くなることが示された。循環器系疾患リスクについては、歩行速度が平均以上の者は心不全や心臓発作のリスクが約25%低くなることが算出された。

 歩行スピードには個人差があり、また主観的なスピード感にも違いがあるが、“早歩き”はおよそ時速5キロ~7キロを想定している。少し息があがり薄っすら汗が滲むくらいが早歩きと定義される。

 60歳の時点で平均的な歩行スピードの者は循環器系疾患リスクが46%低まり、早歩きの者は53%低減するということだ。そして興味深いことに歩行速度とがんの間には関係性は見られなかった。

 つまるところは早歩きの人はそれだけ身体を動かしているということであり、ウォーキングを含めた適度な運動が求められていることに違いはない。健康寿命を延ばすためにも、なるべく歩く機会を作り運動習慣も身につけたいものである。

■歩容認証AIが空港のセキュリティを強化する

 足音と同じく、どんな歩き方をしているのかについても本人はなかなか気づかないものだ。店のウィンドウなどに映った自分の歩く姿はなんとなく奇異に感じるかもしれない。

 それもそのはず、個々の歩き方は実に千差万別で、歩き方で個人を特定できるともいわれている。つまり自分の歩き方は街で目に入る人々の歩き方のどれとも違うのだ。したがって自分の歩く姿は“見慣れていない”ので奇妙に感じるのである。

 歩き方で個人を特定する技術は歩行認識(gait recognition)や歩容認証と呼ばれているが、最近ではAI(人工知能)によってその精度が格段に高まっているという。なんとほぼ100%、個人を特定できるというのだ。

 英・マンチェスター大学とスペイン・マドリード自治大学の合同研究チームが開発した歩容認証システムは、AIが人々の歩き方を観察することで、99.3%の確率で個人を特定できることが報告されている。

「歩行時の動きにはおよそ24の異なる要素があります。その結果、各人はユニークで独特な歩行パターンを持っています。したがって、これらの動きを観察することで、指紋認証や網膜認証(虹彩認証)などと同じように識別して認証することができます」と研究チームのオマー・コスティリャ ・レイェス氏は語る。

 127人の2万歩に及ぶデータをAIに学ばせて作りあげたこの歩容認証システムは例えば空港のセキュリティにきわめて有効に活用できるという。利用者にとっても顔認証などのためにいちいち機器の前でスキャンすることもなくなるので面倒が省ける。

 またヘルスケアの分野にも応用できるということだ。認知機能の低下や精神疾患の発症は当人の歩き方を変化させるといわれている。個人の歩き方の変化がこれらの疾患のバイオマーカーとなるのだ。歩く姿で個人が特定できる歩容認証システムが幅広い分野からの注目を集めているようだ。

参考:「Nature」、「BMJ Journals」、「The University of Manchester」ほか

文=仲田しんじ

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