どうして他人の体臭に敏感になってしまうのか?

サイエンス

 何か特定の匂いに気づいた時、懐かしさを感じることがあるだろうか。あるいは懐かしさがこみ上げてくるものの、その対象が具体的に思い出せない場合もあるかもしれない。こうした“懐かしい匂い”がサイエンスによって紐解かれようとしているようだ。

■匂いで思い出される“強烈な体験”

 海辺の潮風の香り、雨が降る直前のアスファルトの匂い、サンオイルの香り、あるいはまた夕刻の住宅街で漂ってくる家庭料理の匂い……。引き金になる香りは人それぞれだが、匂いがきっかけになってかなり昔の出来事を思い出すことがあるが、これはどういうメカニズムで起っているのだろうか。

 ドイツ・ルール大学ボーフムの研究チームが2017年11月に脳科学系ジャーナル「Cerebral Cortex」で発表した研究は、匂いと長期記憶の関係を探る興味深い内容になっている。

 これまでの研究では嗅覚に関係している脳内の部位である梨状皮質(piriform cortex)は、匂いの短期記憶を蓄えていることがわかっている。同研究では梨状皮質に短期的に保持された匂いの情報がはたして長期記憶になり得る可能性があるのかどうかを確かめる実験が行なわれている。

 記憶が形成される際に一役買っているのがシナプスの可塑性(変幻自在さ)である。シナプスの結びつきが変化することで短期記憶が長期記憶にもなり得るのである。そしてこのシナプスの変化を引き起こす電気的刺激のパターンも現在はある程度解明されている。

 研究チームはマウスを使った実験で、匂いに関する短期記憶を保持する梨状皮質に長期記憶を生成する電気的刺激が有効であるかどうかを確かめた。その結果、やはり梨状皮質は短期記憶に特化したメモリーであり、電気的刺激では長期記憶を形成することはできなかった。

 しかしながら研究チームは梨状皮質に短期記憶が保持された状態で今度は眼窩前頭皮質(orbitofrontal)を刺激することによって、短期記憶が長期記憶になり得ることを突き止めたのだ。したがって匂いがきっかけで思い出される記憶というのは、脳の眼窩前頭皮質が刺激された現象であることにもなる。

「我々の研究で梨状皮質が実際に長期記憶のためのアーカイブとして役立つことを示しました。しかしそのためには脳の上位指揮系統である眼窩前部皮質からの指示を必要とします」(研究論文より)

 ということは匂いをきっかけにして思い出される物事や出来事は単なる感覚の記憶ではなく、印象強い“強烈な体験”ということになるだろう。諸兄は何の匂いでどのような体験を思い出すだろうか。

■“体臭”に敏感なマンドリルの社会

 日々多くの人々と交流する社会生活においてどうしても気になる匂いのひとつに体臭がある。なぜ我々は体臭に敏感なのか。マンドリルを観察した研究では個体の体臭のチェックは健康状態、特に寄生虫の影響を判断するために行なわれていることが指摘されている。

 フランス国立科学研究センター(CNRS)の研究チームが2017年4月に科学ジャーナル「Science Advances」で発表した研究では、中部アフリカのガボン共和国に生息する野生のマンドリルを観察して、集団内における“体臭チェック”の役割を分析している。

 熱帯雨林の中で250頭程度の群れを形成して生活を送っているマンドリルはきわめて“ソーシャル”であり、家族関係を超えて集団内の個体同士で毛づくろいをしあってスキンシップを図る行動もよく見られる。そして密接なスキンシップをしているからこそ、相手の体臭にも敏感だ。

 研究チームの観察で、スキンシップ中のマンドリルが敏感に嗅いでいるのは広い意味での体臭であり、厳密には相手の肛門周囲から漂ってくる“うんこ臭”であるという。確かにトイレットペーパーもなければウォシュレットもないマンドリルの社会では、体臭の大半は付着したままの“うんこ臭”であるといえるのだろう。

 そして研究チームの観察の結果、どうやらマンドリルは“うんこ臭”からその個体の体内に寄生虫がいるかどうか判別できるという。そして寄生虫に冒されている個体は敏感に判別されて毛づくろいの相手がいなくなるのだ。体内に寄生虫がいる個体は肛門周辺に外部寄生虫(ectoparasite)がいる可能性も高いため接触が敬遠されるのである。

 実際に群れから敬遠されている個体を捕まえて健康状態を調べてみると実際に腸内に寄生虫が多く、治療して寄生虫がなくなった状態で群れに戻すと、再び群れのなかでメンバーと毛づくろいをする関係になったという。

 群れを作って生活しているマンドリルにとって、寄生虫や病原菌などの影響は死活問題である。感染が群れ全体に及ぶリスクがあるからだ。

 今回の研究は、マンドリルが身体接触による寄生虫の侵蝕リスクを避けていることが示唆されることなったのだが、ウイルスなどの病原菌のレベルでも何らかの防衛作がとられている可能性もあるという。かくも鋭いマンドリルの嗅覚だが、そこには社会を守る重要な責務があったということになる。同じ霊長類の我々人間もまた体臭に敏感なのは、こうした進化のプロセスを経てきたからなのかもしれない。

■サイエンスに裏打ちされた9つの“癒しの香り”

 病気や腐敗を思わせる“危険な香り”に我々は敏感な警戒心が働くのだが、一方で思わず深呼吸したくなるような清涼な香りや、アロマキャンドルなど気分が落ち着く香りもある。サイエンスに裏打ちされた9つの“癒しの香り”があるということだ。

1.ペパーミント
 ペパーミントの香りは意識を明瞭にして注意力を高める。喫煙者にとってはニコチンへの欲求を抑制するものにもなる。米・ホイーリングジーサイット大学の研究では、ペパーミントの香りはルーティーンワークなどのややもすれば退屈な肉体労働の労力を和らげるのみならず、パフォーマンスを向上させるということだ。

2.ローズマリー
 ローズマリーの香りは意識を覚醒させ、長期記憶を思い出す能力を向上させる。例えば経費清算の書類作成などの際、領収書から当時の体験を思い出して書類作成がスムーズになる。

3.サルビア(セージ)
 サルビアの香りもまた記憶力を高め、意識を明瞭にする。薬用サルビアは肉料理の臭み消しやシチューやスープの味付けに活用されいて家庭でも手軽に使える。

4.レモン
 レモンの香りはメンタルのパフォーマンスを向上させることが確かめられている。休憩中のレモンティーで仕事がもうひとふん張りできそうだ。

5.コーヒー
 コーヒーはその香りだけでも目を覚ます働きがあり、ルーティンワークの労力を緩和する。マウスを使った実験では、睡眠不足時でもコーヒーの香りで身体運動のパフォーマンスが向上することが報告されている。

6.オレンジ
 オレンジの香りは不安感を和らげる働きがある。車の運転を教える時は車の中をオレンジの芳香を漂わせると緊張が和らぐということだ。

7.ジャスミン
 ジャスミンの香りもまた不安な気分を和らげる。訪問者を心地よい気分にさせるジャスミンは玄関の芳香剤としても最適だ。

8.ラベンダー
 アロマセラピーの定番であるラベンダーはリラックス効果に優れている。またベッドルームでは安眠・熟睡効果をもたらし、見る夢もまたポジティブなものになるという。

9.愛用の洗剤
 愛用の石鹸やシャンプー、洗濯石鹸などの匂いは人々を寛大な気分にしてくれる。オランダのある研究では、慣れ親しんだ石鹸のような匂いに満たされた列車内では人々はあまりゴミを出さなかったことが報告されている。

 これらの香りを活用することで、日々の生活が滞りなくスムースに進みそうだがいかがだろうか。

参考:「Oxford University Press」、「AAAS」、「Thrive Global」ほか

文=仲田しんじ

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